明里はスタバでアルバイトをしたいらしい。アルバイトは校則で禁止されているし、するなら大学に合格できてからと言ってある。そもそも自分の成績を考えたらバイトどころではないはずだ。ただ、スタバと聞くと思いあたることはある。
明里が中学を卒業する頃、二人で川越へ行った。父親とふたりで歩きたくないという年頃になっており、この時も明里には距離をとられていた。無言で歩き続けるのもなんなので、「時の鐘」近くのスタバに寄った。

席につくと、保育園の帰りにふたりでよく行ったスタバの思い出話になった。
明里が保育園の頃は、明里の「思い出一番乗り」というくだらないことを考え、実行していた。それはただ単に、明里が初めて体験する自転車やカラオケ、ボーリング、映画などにはまず最初に自分が立ち会うという親バカ企画だ。その一環として初めてのスタバを抜け駆けしただけで、特にスタバが好きだったわけではない。どちらかといえば値段を考えてのドトール派だ。僕の意に反して明里は完全にスタバ派になってしまったが。

スタバに何回か行っているうちに明里のことを覚えてくれた店員さんがいた。明里がレジの様子などを興味深そうにジッと見つめていたから印象に残っていたんだと思う。すると、その店員さんは注文したキャラメルマキアートの容器に、にっこり笑った顔を描いて明里に渡してくれた。お姉さんがしてくれたちょっとしたサービスに明里は、はにかみながら嬉しそうだった。
その店員さんは、特段、愛想がいいというわけでもなく、どちらかというと寡黙な感じがした。それがかえって明里にはかっこ良く見えたのかもしれない。
川越のスタバで、こんなことを思い出しながら明里と話をした。

友達の影響を受けたのだろう、最近になって明里がバイトをしたいと言い出した。いつかバイトを始めても「パパにはバイト先を教えない」という。「教えたら様子を見に来ちゃうから」ということだ。
もちろんその時は、探し出して隠れて見に行くつもりだ。
若林泰弘