妻は川越へ行きたがらない。聞くと理由は二つあった。

一つ目は、僕が川越で突然、怒り出したからだという。訳もなく突然、怒り出すことはないはずだが心当たりがない。気になるので妻に深掘りして聞いてみると、僕が怒り出したのは川越まつりの日だったようだ。

その日は何かの用事で西武新宿線に乗って出かけたらしい。用事が済んだ帰宅途中、本川越駅から東武東上線の川越駅まで歩いていた。祭りの人ごみに僕はイラついており、何かの拍子で妻に怒ったと言うのだ。

もちろん何か理由があったはずだが、もう十五、六年以上も前のことなのでよく覚えていない。

さらに、二つ目の理由を妻は言う。別の日に、夕食を外で済ませて川越駅へ向かって歩いていた。人通りも少なくなってきた時間に、たまたますれ違ったヤンキーに絡まれそうになったらしい。その時の僕は前を歩いていて、さっさと逃げだそうとしていたように見えたとのこと。

なんだか、とても人聞きが悪い記憶だ。妻と相撲をとったら負けてしまいそうな今ならともかく、か弱かった頃の妻を置いて僕が逃げ出すわけがない。と言っても、ヤンキーに絡まれたら、逃げるか、カツアゲされるかしか思い浮かばないが。

幸いその時は、問題なくその場をやり過ごせたが、川越は怖いという印象が妻には残ってしまったようだ。

二つの理由を聞くと、「川越へ行きたくない」というより、僕と「一緒に行きたくない」というのが正しい気がする。川越には悪いが、なぜか妻は僕にとって都合よく記憶を脳内変換してくれている。

若林泰弘